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2020/09/28

「コロナ時代における、国際金融システムの危機と脆弱性」【上・プレゼン編】(中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会)

 中曽根平和研究所では標題につき、米国で活躍する新進気鋭の金融経済学者、泉 隆一朗研究委員(米Wesleyan大学助教授)ならびに、情報科学・金融・会計を専門とされる、富田亜紀研究委員(東洋大学情報連携学部教授)との意見交換を、以下の通り開催しました。

 【上・プレゼン編】【下・丁々発止編】の2回に分けて、概要をお届けします。なおスクリプトはこちら、泉委員のプレゼンテーション資料はこちら、富田委員のプレゼンテーション資料はこちらをご覧ください。

 

 

1 プレゼンテーション「証券化商品に着目した金融市場の停滞と国際協調」(泉委員)

 

■証券化とは? ~その歴史、世界的展開~

「証券化」とは、「資産から新しい証券または金融商品を生み出す」というものだ。金融のシンプルな機能である「お金の貸し借り」から一歩踏み出したプロセスともいえ、「お金の貸し借り」から生み出される「債権資産」を集めて、これらが生み出す将来キャッシュフローを裏付けとする証券を発行する、というものだ。

証券化の歴史だが、1968年、住宅ローンを裏付けとしたモーゲージ担保証券(MBS)から始まった。米国民の住宅保有を促進するため、連邦住宅抵当公庫(ファニーメイ)や、連邦住宅金融抵当公庫(フレディマック)などが作られたが、その貸出金利抑制のために証券化が活用されたのだ。1980年代にはより広範な債権を裏付けとする証券化商品が次々に生まれてきた。そこに金融緩和による競争激化、更には危ないと判っているような借り手にも貸付債権を作ってしまうような一種のモラルハザードも生じる中で、市場拡大が90年代、2000年代と続いた。
そして2007年から08年にかけて、住宅市場価格の下落を発端とした金融危機が生じる。この時のポイントは、住宅価格の下落自体は2006年に始まっていたものの、個々の債権資産価値を精査し、証券化商品への損失影響を見込むのに、時間を要したということだ。
危機後は透明性を高める様々な規制が導入された。ドッド・フランク法では、証券化の裏付けとなる債権プール(集合体)のより詳細な情報開示を義務付けるとともに、証券化の実施者が信用リスクの一定割合を保有する(=「投資家と同じ舟に乗る」)ことを義務付けた。これらにより一旦は発行額が減少した証券化市場だが、再び回復してきている。

米国以外の主要各国証券化市場の概況だが、英国・欧州は、米国と同様、金融危機前は成長していたが、金融危機後の戻りは鈍い。
中国は、2005年に試験運用を開始したものの、金融危機を受けて2009年に一時停止。2012年以降から運用を再開し、2017年単年では日本の発行高を上回る規模に。しかし課題としては、法的基盤が弱く、税制も整備されておらず、流通市場の流動性(取引高)が非常に低い点。
日本は、欧米に比べると市場規模が圧倒的に小さい。この背景として内閣府が指摘するのは、不動産の資産市場が低迷していて、証券化しても魅力的な資産にならない点だ。

 

■証券化商品のメリット(ベネフィット)とコスト

証券化のメリットとして、個々の債権は返済される可能性(確率)がまちまちなところ、これらを組み合わせることで、①「大数の法則」に則り、返済確率に関するリスク管理が一体でしやすくなる、ということ、②そのことで投資家の運用ニーズに合った債権資産商品を作りやすくなること、③また原債権者にとっては、流動性確保(手っ取り早く確実に現金化できること)、④これらにより借り手にとっては金利(資金調達コスト)を抑制できること、の4つが生まれる。
一方、金融危機前後に一層明らかになった複雑性・不透明性・歪んだインセンティブがもたらすデメリット(コスト)があり、このバランス(トレードオフ)をどうとるか、が、更なる証券化活用にあたっての1つのポイントである。

 

■証券化商品を巡る、国際的な政策議論・協調

金融危機を経た2009年のロンドンサミット以降、バーゼル銀行監督委員会そして各国当局の間で証券化ルールの改善議論が行われてきた。また証券監督者機関国際機関(IOSCO)からは、信用格付け機関の基本行動規範も発表され、国による制度規制の違い・複雑さの改善が期待されている。今後、主要各国の当局間での証券化商品をめぐるデータベース共有などが進めば、情報の非対称性を下げる点でよいのではないか、と感じる。
コロナウイルスは、証券化市場にも悪影響を与えている。発行高の減少、金融コストの上昇等。米連邦準備銀行(FRB)は早くも3月に、高格付証券化商品の一部を担保受け入れし、3か年の融資を行う、この12月までの時限プログラムを発表した。これによって証券化市場の底支えを図っているところである。

 

 

2 プレゼンテーション「SDGsに貢献する金融システムの健全化に向けた会計情報の役割」(富田委員)

 

■世界的金融経済システムと、会計情報  ~エンロン、リーマン、ESG投資~

金融システムに混乱をもたらし、そのきっかけが会計情報であった事例として、まず思い浮かべられるのは、2001年に生じた米国エンロン社の破綻である。
同社は、天然ガスの長期先物取引としてデリバティブ(証券派生商品)を開発し、「Enron Online」という取引ウェブサイトを立ち上げたが、そこに関する取引商品の時価評価は、世間一般的な市場価格が存在しないため、自社の仮定に基づいて行ってきた。更に、その取引による損失を、当時のルールで連結決算の対象か否か判断が困難な特別目的会社(SPE)に「飛ばし」、いわゆる損失隠しをしていた。この表面化に伴う財務諸表過年度修正を行った結果、財務状況が想像以上に悪いことが明らかになり、破綻に至った。
なおこの事件をきっかけに、金融市場に対する投資家の信頼を回復するために、企業ガバナンス強化の一環として、SOX法(Sarbanes-Oxley Act)が翌2002年に制定され、この動きは日本を含む世界へと広まった。
更に2008年のリーマン・ブラザーズ社の破綻では、金融危機が深化する中、資金繰りが自転車操業化していた同社において、資金調達の命綱ともなる格付維持のために、ネット・レバレッジ比率(=純資産/有形自己資本)を少しでも高く見せる必要がある中で、実質的には売却していない資産を、売却したものとして会計処理し、分母となる純資産額を実態よりも圧縮して開示した問題をはらんでいた。この会計処理自体は、米国会計基準で認められたものであったのだが、投資家に対して著しく誤解を招く財務諸表の開示として、問題視された。

これらに前後した2006年、国連で責任投資原則(PRI)が宣言され、投資とESG(環境・社会・ガバナンス)地球的課題との結びつきが強調された。現在このPRIでは「気候変動対策」そして2015年に国連で制定された「SDGs(持続可能な開発目標)の実現」が、2027年までの焦点として掲げられている。そうしたなか、社会的起業家を含めた、資金調達手段のさらなる多様化に向けて、財務諸表の開示、とりわけ金融システムの健全化をもたらす開示およびその改善は、より重要性を増している。

 

■無形資産に係る会計情報の開示をめぐる課題
~企業の純資産価値を大きく上回る、無形資産的な価値の成長を踏まえて~

米国の株式指標S&P500社すべての企業の「純資産合計/株式時価総額合計」の値は、1975年時点では83%であったものの、2015年では16%まで低下している。それだけ財務諸表上の簿価に表れない価値が、株式価値に反映している、ということだ。
その具体例として、GAFA等における保有データや研究開発資産などの価値の多くは、貸借対照表に乗っていない。これらを乗せるための会計ルールが明確に整備されていないからだ。このルールを整備していくには、これらがいかに将来富を生み出していくのか、という試算に関する(国際的な)ルール合意が必要となる。

 

■金融システムの健全化にも資する、国際会計基準の開示の在り方
~企業への信頼や成長可能性と、現下の財務諸表開示・第三者評価の一体化に向けて~

今年6月に、ドイツ本拠の金融サービス企業であるワイヤーカード社が破綻した。実はこの会社が複数評価機関から得ていたESGスコアは決して低くなく、「ESG投資が、投資先での不祥事等による損失リスクを回避するものだ」との認識に冷や水を浴びせた一件でもあった。
また、ESG銘柄としても認識の高い、電気自動車メーカー・テスラ社は、最近の株式時価総額の膨張著しく、トヨタ自動車を含む主要自動車6社の時価総額合計を上回る規模まで拡大した。テスラ社への評価は、産業構造を変革しうる期待が込みのものではあるが、ただ、具体的に何を以ってテスラ社がこれだけ高い株式時価総額を得ているのかは、トヨタ自動車との主要財務項目を比較しても、判然としない状況がある。
これらの状況を踏まえ、国際会計基準の開示の在り方については、投資家の意思決定により有用な情報となるよう、信頼性を付与しうる項目については積極的に制度開示に取り込むことを提言したい。

 

以下【下・丁々発止編】に続く

 

3 日時等:令和2年9月16日(水)12:45-15:15 (ウェブ会議により実施) 

4 参加者: 中曽根平和研究所「デジタル技術と経済・金融」研究会 研究委員、および中曽根平和研究所関係者 ほか

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